「出来ない」のではなく…?

Pocket

「○○が出来ない…」
「○○が苦手…」

という人を時々見かけます。これはけん玉以外でもそうかもしれません。
しかしながら、このような「出来ない状態」「苦手な状態」のままであるのはマズいです。
今日は「出来ない」のではなく「○○○○」ということについてお話ししたいと思います。

最初は誰だって出来ない

当たり前ですが、最初は誰だって出来ない状態からスタートしています。
いきなり「とめけん」ができる人はほんのひと握りです。

私も最初は「とめけん」はできませんでした。「ひこうき」や「ふりけん」をマスターするのに1年近くかかったと思います。

2015年頃からけん玉をはじめ、2018年に五段になりました。
2020年の今でも、とめけんやひこうき、ふりけんができた時の喜びは昨日のことのように思い出します。

大切なことは、以下の2つです。

・誰だって最初は「出来ない」

・ただし「出来ない」状態が続くのはマズい

誰だって最初は「出来ない」のは話すまでもないですから、今回は2つ目の
ただし「出来ない」状態が続くのはマズい

ということをお話しします。

「出来ない」のではなく…?

上のとおり、「出来ない」のではなく、「やってない」だけ、もしくは「やりたくない」だけだと私は考えています。

やってない

正しい練習方法を継続すれば、必ずいつかはできるようになると私は考えています。

もちろん、吸収の早さなどに個人差はありますが、今の実力に合わない非常に難しい難易度の技でなければ、正しいやり方を身につけ、それを継続して練習することで身につけることができます。

つまり、こういう法則があるということです。

正しい練習方法で継続して)やる→(ならば)→できる

これはけん玉に限らず、勉強においてもそれ以外のスポーツにおいても当てはまりますね。

(むずかしい話)対偶をとる

ここからは余談です。高校生の数学で習うなので、興味のない方は読み飛ばしていただいて構いません。

高校数学 Ⅰ の「数と式」で出てくる対偶(たいぐう)の考え方を、ここで活用します。

対偶とは、わかりづらく説明すると
命題 p⇒qに対する、qでない⇒pでない

です。数学の解説をするところではないので、ある程度かみ砕いて説明すると、

ある出来事P、Qがあります。
「PならばQ」という”問題”に対して、「QでないならばPでない」を、もともとの「PならばQ」の対偶といいます。

これでもわかりづらいと思うので、実際の例で考えてみましょう。

P:大谷翔平選手
Q:野球選手

だとすると、以下の表のようになります。

オレンジ色の「大谷翔平選手ならば野球選手」
に対する対偶が、
「野球選手ではないならば大谷翔平選手ではない」
となります。

ちなみにこれはどちらも「正しい!」ですね。
大谷選手は野球選手ですし、
野球選手でないならば、その人は確実に大谷選手ではないでしょう。

このように、対偶は「順番を逆にして、「ではない」をつければいい」ということです。

もう一つ別の例を挙げます。

P:赤色
Q:青色

オレンジ色の「赤色ならば青色」
に対する対偶が
「青色ではないならば赤色ではない」
となります。

これはどちらも「間違い!」ですね。
赤色は(もちろん)青色ではないですし、
「青色でないならば、赤色でない」とは限りません。
(赤色が反例(説をくつがえす例という意味)です)

こんな感じです。これが対偶の説明です。

そして、“問題”とその対偶は必ず「正しい」か「間違い」かが同じになる、という法則があります。

つまり、上の表で行くと、
オレンジ色で塗りつぶしたところが「正しい!」ならば、その下の対偶も必ず「正しい!」になりますし、
オレンジ色で塗りつぶしたところが「間違い!」ならば、その下の対偶も必ず「間違い!」になります。
※なぜそうなるかは、「対偶 証明」などでググってみてください。

「(正しい練習方法で継続して)やる→できる」の対偶は?

先ほど以下の話をしました。

(正しい練習方法で継続して)やる→(ならば)→できる

この対偶は、順番を逆にして「ではない」をつければいいので、

「できる」ではない→(ならば)→やる「ではない」

です。日本語がおかしいので直すと、

「できない」→(ならば)→「やってない」

ですね。

つまり、
  (正しい練習方法で継続して)やる→(ならば)→できる
が「正しい」場合、その対偶の
  できない→(ならば)→やってない
も「正しい」
ということになります。

※『とある”問題”とその対偶の「正しい」「間違い」は必ず一致する』という法則があります。

正直なところ、多少むりやり感はあります。
(正しい練習方法で継続して)やる→(ならば)→できる
が正しいとは限らないからです。

正しい練習方法って何?
継続ってどのくらい続ければ継続といえるの?
できるってどのくらいで、「できた」といえるの?

などあいまいな部分は多いです。動詞や形容詞は人によってとらえ方が違いますから。

しかしながら、やはり練習しないと(やらないと)できるようにはなりません。

これは練習している人もそうでない人も皆さん感じる事実だと思います。

これが正しい場合、
(残念ながら)「できないならばやってないだけ」
なのです。
だから皆さん、やりましょう!笑

やりたくない

やってない、という言葉に似ていますが、
できないのではなく「やりたくない」という本音もあるんじゃないでしょうか?

苦手な技を克服するために頑張ったり、何度も同じ技を反復して精度をあげていくのって、やっぱつらいですよね…

面倒くさいです。いやです。やりたくないです笑

私もそう思うことがよくあります。というよりも、ほぼ毎日そう思っています…笑

多分このページを読んでくれている皆さんも、
「ああ今日は何となくやりたくないなあ」みたいな感じで、やらなかったことあると思います。
それはけん玉以外でも、勉強でも、習い事でも何でもです。

でも、それは厳しい言い方をすると、「言い訳」であり「妥協」です。

「こんな見ず知らずの奴にそんなこと言われる筋合いないわ!」
と思うかもしれませんが、しばしお付き合いいただけると嬉しいです。

人ってどうしても”自分のことを大切に”してしまいます。
当たり前ですよね。好き嫌いはともかく、自分のことを大切にはするでしょう。

眠かったら寝るようにするし、おなかがすいたらご飯を食べるし、走りすぎてしんどくなったら立ち止まりますよね。

それは別に構いません。眠いこと、おなかがすいていること、走りすぎてしんどいことは「悪い状態」ですから、それを「ふつうの状態」に持っていくのは当然です。

しかし、「ふつうの状態」から「もっとよい状態」に持っていくことが人間にとって難しいんです。

今のままでも特に不自由なく生きていられるのなら、人間はなかなか「もっとよい状態」になるために頑張ろうとしません。

心のどこかで「頑張らないとなあ」と思うこともあるかもしれませんが、行動に移せないことが多いです。だって「頑張らなくても何となく生きていけるから」

だから頑張れるチャンスがあっても何か「やらない言い訳」を考えてやらないことが多いのです。
変わりたいとは思っていても、変わるために苦痛を味わうがイヤなんですよね。

結局「言い訳」があれば何もしなくていいから、その「言い訳」を探すのに必死になっている。

そしてその「言い訳」はいとも簡単に見つかります。完ぺきな状態なんてほとんどありませんから。

それでも、やるしかない

自分の周りの状況に甘えてごまかしてしまうことはよくあります。周りの状況に流されるのがラクだからです。
だから厳しさを避けてラクな方向にいってしまいがちになる。

でも、やるしかないんです。周りからの誘惑にも勝って、自分の弱い心にも勝って、苦しいかもしれませんがそれでも戦いましょう。やりましょう。

そうやって続けていれば、別の自分になれますから。できるようになりますから。できるようになれば楽しいですよ。けん玉に限らず。

夢を見るのではなく、夢を実現させましょう。

まとめ

できないのではなく、「やってない」だけ。もしくは「やりたくない」だけ。

だと思います。厳しいことを言っていますが、これが現実です。

「やる」か「やらない」かは選択の問題です。つまり、自分自身の選択にかかっています。
「時間」や「周りの環境」の問題ではありません。ほかの何かのせいにしないことです。自分の人生ですから。

途中からけん玉に関係のない話になってしまいましたが、要するに、

できないと言うのではなく、やりましょう。できるようになれば、けん玉はもっと楽しくなりますよ~ということです。

最初できないのは当たり前です。いろいろ試して、多くの失敗をしつつも、練習を続ければ必ずできるようになります。

今からけん玉はじめましょう!